2015/02/14

無条件に堪らない音楽/Real Estate

特段真新しさはないし地味と言ってもいいくらいなのだけれど、自分の音楽的嗜好のど真ん中を突いているのがReal Estate。
アメリカはニュージャージー州出身のインディーロックバンド。


Its Real/Real Estate



Talking Backwards/Real Estate

Had To Hear/Real Estate

全体的に力の抜けた雰囲気とか、郷愁を感じさせるメロディとか、もう何と入ったらよいのか分からないけれど、無条件に堪らない音楽である。

Real Estate(Wikipedia)

2015/01/20

図書館に関する饒舌な文章/Grizzly Bear

本好きにとっては言わずもがな、音楽好きにとっても図書館は宝の山である。
ここのところの休日は、時間が空けば近くの公共図書館に通っている。

置かれている資料がどういった基準で選ばれているのかは知らないが、洋邦問わずメジャーからマイナーまで、ジャンルも多彩に幅広く置かれているのが良い(まんべんなく置いてあるわけではないので、広く浅くといった感じ)。
古い洋楽に混ざりながら、Phoenixの最新作などが何気なく置かれているのも興味深い(Phoenixに関しては1stも2ndも3rdも置いていないのに、何故かBankrupt!だけが置いてあるといった状態であったりする。あれはきっと、誰かがリクエストして置いてもらっているのでしょうな。洋楽にハマったは良いけれど自分ではなかなかCDの買えない学生などが、気になるアーティストの最新作を手当たりしだいにリクエストしたに違いない…などと想像する)。

音楽好きには、ある特定のアーティストの音源を古いものから新しいものまで聴きこんで、そこから良作を見つけ、影響を受けた他の音源や類似のアーティストを発掘して…といったことをすることが少なからずあると思うのだけれど、そういった作業を行う時に、図書館はうってつけの場所である(場所といっても図書館にPCを持ち込んで端から順に読み込ませて…といったことはできないので、一度に5枚とか10枚とか借りて帰り、家でゆっくりライナーノーツを読みながら聴き込んだりするのである)。

とまあ、多少くどくなってしまったが何が言いたいかというと、たまたま何気なく手にとった作品の中に意図しない名盤が紛れ込んだりしているのは、もう無情の喜びなのである。図書館通いをしている者にとって、これは冥利につきる。

何故図書館でこういったことが起こるのか、例えばTSUTAYAなんかではだめなのかというと、これは微妙な差異であるが、レンタルショップと違って図書館は費用がかからないからである。図書館では、せっかく借りたのに良くなかったらどうしよう…とか細かいことは考えずに、手当たりしだいに気になったものをただ借りれば良い。名前は見たことあるけどちゃんと聴いたことのないバンドの音源などはうってつけである。適当にジャケ借りしても良い。大抵、お目当ての作品に混じって数枚は何だかよく分からないCDを借りたりするのだが、その中に隠れた名盤があったりする。大して意識していなかったところからやってくる思わぬ伏兵に、ただただ白旗を上げるのみである。

費用がかからない上、一度に15枚も貸してくれる太っ腹なところもあったりするので、図書館通いはやめられない。貸出期間もだいたい2週間と長いことが多い。

お目当ての作品さえ置いてあれば、図書館は明らかにレンタルショップを出し抜いている。欠点といえば、店舗数が少ない故に人によってはアクセスが悪いことと、大概各作品1枚しか置いていないので、人気のある作品になったりすると予約待ちが数ヶ月とか尋常ではないレベルになったりしていることか。こういった場合は諦めてTSUTAYAに行けば良い。

こんなに饒舌になっているのは、たまたま図書館で借りてきたGrizzly Bearのアルバム:Shieldsがすごく良かったからである。
特に#4:Yet Again。イントロのギターからして気が遠くなるほどの格好良さだが、哀愁漂うメロディがとても良くて、サビが耳から離れない。
この曲のように、伝統的な音楽性を根底に持ちながら様々な音楽的・文化的要素を盛り込み、音楽やそのジャンルの持つ幅を広げていく試みは、USインディーミュージックの醍醐味であると思う。
帯に書かれていた「USインディーの最高到達点」との文句に惹かれて手にとったのだが、これは大当たりであった。



Yet Again/Grizzly Bear

2014/11/11

泣きながら笑っているような/クリープハイプ

クリープハイプについて書きたいとずっと思っていたのだが、ちょうど良い機会が出来たので書いてみる。

というのも先日、情熱大陸で俳優の池松壮亮が特集されていたからである。
彼は、おとなしそうな外見に秘められた気骨ある演技が印象的な俳優だ。
特別詳しいわけではないのだが、暴力的な表現をさせたら若手髄一なのではないかと勝手に思っている。
PVに出演していたからであろうか、番組のBGMにはクリープハイプが流れていた。また、演技の練習中には、彼がクリープハイプのバンドTシャツを着ている姿も見られた。


さて、クリープハイプ。

”ボーカルの声が特徴的に高く、聴く人を選ぶ…”などとよく言われているが(実際、電車に乗っていて「クリープハイプのボーカルの声が…」と話しているグループに居合わせたことがある)、自分としては、一聴して抵抗なく受け入れられた。
上記のように声が特徴的だなどと言われると聴いてみたくなるものであり、アルバム「吹き零れる程のI、哀、愛」を手にとってみたところ、冒頭の「ラブホテル」があまりにもさわやかでキャッチーであったため、すぐにのめりこんでしまったのだ。

ボーカルの癖のある声とは裏腹に、曲調は全体的にポップでキャッチーで聴きやすく、良曲が多い。特に、アルバム冒頭の「ラブホテル」や、アネッサのCMに使用された「憂、燦々」などは、非常にさわやかな良曲である。

しかし、一筋縄ではいかない彼ら。
ポップでキャッチーな外見に包まれていながら、歌詞の内容が卑屈であったり、性的なものに対して開けっぴろげであったり、中身はなんだかドロドロしている。見た目明るくても、健全で真昼間な明るさとは違うのですね(「マルコ」みたいに平和な曲もあるので、全てがそうとは言わないけれど)。

 憂、燦々/クリープハイプ

見た目は鮮やかで明るいのに、中身は黒く混沌としている。
表面上の明るさはその内にある黒さを過度に際立たせ、グロテスクな印象すら抱かせる。
うまく表現できないが、泣きながら笑っているようなイメージである。
そんなバンドの世界観は「憂、燦々」といった言葉がうまく表現している。

色々と考えていて、Passion Pitに通じるところがあるな…などと思った。彼らは一言で言うと”明るい欝バンド”で、曲はキラキラしているのに歌詞はダーク(かつ生々しい)だったりするしており、その背景を知りながら聴いていると何とも辛い思いを感じさせる。

以前読んだ小説:ドグラ・マグラ(夢野久作・著)には、グロテスクな遺体を色鮮やかに非常に精緻に描写する場面があったが、Passion Pitにもこれと通じるものを感じる。
クリープハイプの明るさもまた然り。

 ラブホテル/クリープハイプ

ストレートに正統派なバンドよりも、見た目と中身がチグハグだったり、どこかしら癖のあるバンドの方が意外と印象に残ったりするものだなあ。

ちなみに「吹き零れる程のI、哀、愛」でいうと、一番のお気に入りは2曲目「あ」である(曲名が短すぎて、会話に持ち出す際に困ってしまう)。
出だしのメロディは”ハードめのロック”といった感じであるが、サビに入る手前「あ、そういえば思い出した…」の部分で唐突に、開放的な、哀愁を感じさせるメロディが流れるところがたまらなく好きなのである。