吉川英治文学新人賞を受賞した、中島らも氏の代表作である。
18歳から35際まで、アルコールとの濃密な日々を過ごした主人公、小島容(こじまいるる)が、遂にアルコールで肝臓を悪くして病院に入るところから、物語は始まる。
ふとしたきっかけによりアルコールを摂取する習慣にとり憑かれ、アル中に関する文献を肴に酒を飲み続けたというこの小島容は、病院でのわずかな(40日間の)療養生活によって、健全な人間らしさを取り戻していく。
その肉体を蝕み、危険な領域の一歩手前まで自分を連れて行ったアルコールからの脱却。
その過程において、容は過去の、そして現在の自分を取り巻くおかしくもどこか人間らしい幾人かの登場人物と接し、彼らについて、自分自身について、アルコールや薬物を取り巻く社会状況について、アルコールを摂取することについて、考える。
登場人物は皆、容を映し出す鏡のようである。
彼らは時に、ネガフィルムのように容を反転させたキャラクターに感じられるが、反転された彼らの存在により、容の姿はまるで版画のように浮かび上がってくる。
率直に言って、中性的で、シンプルで、どこか爽快な読後感を得られる作品であると感じた。
登場人物には存在感(インパクトがあるという意味ではなく、確かにいそうだという意味での)があり、親密さを感じさせる。
彼らの姿は、まるで自分の身の回りにいる誰かのように生き生きと描かれているため、この作品の登場人物からは確かな手応えというものを感じる。
それでいて、彼らから目を背けたいという感じは起こさせない。
この作品には、村上龍氏の小説のようにドロドロとした生臭い感触はなく、村上春樹氏の小説のように密度の濃い描写もないが、作者自身の実体験をモデルにしているところなど、彼らの作品に近い雰囲気はある(彼らは皆、同世代を生きた作家である)。
中島らも氏の書くこの小説は、どこかサブカルらしい雰囲気を持ちながらも、軽妙にライトで清々しい雰囲気に満ちている。
アル中という、一見すると饐えた臭いでも漂ってきそうな素材を扱っていながら、さらりと難なく読ませるあたりなど、この作品の特筆すべき魅力である(他でレビューを読んだりしていると、アル中に関する文献からの引用や、実在する家族に関する観察資料など、リアルで手応えのある情報が含まれており、それゆえにこの作品にはある種の重さがあるという意見もあるが、それらの存在があってもなお、軽妙で清々しい読後感を与えるところがこの作品の特筆すべき点である)。
以前、ある友人が、「爽快感のある小説を読みたい」としきりに言っていたが、彼にこそ、この作品を勧めたいと思う。
この作品は長編というくくりに入るだろうが、難なく一気に読んでしまった。
気持ちのいい、ほんのりと明るい読後感。おすすめである。
独特なタイトルは、作品の最後を読めばその意味を理解できる。
素敵な締めくくりである。
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